山陰~中国地方を中心とした廃道・廃線・近代土木遺産などを巡る事を目的としたブログです。
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旧道や古い道路構造物・廃線跡などの「古い美しさ」に惹かれます。



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足立石灰工業株式会社専用側線跡
1928(昭和3)年に山陰と山陽を結んだ伯備線には、かつて足立(あしだち)駅~新見(にいみ)駅間で蒸気機関車「D51」の三重連が走っており、多くのファンがその雄姿をカメラに収めに来ていたという。
その三重連こそ、足立石灰工業株式会社からの貨物列車であった。
同社は、1942(昭和17)年から兵庫県姫路市へ製鉄用石灰石の供給を開始し、戦時中は軍需物資、戦後は復興のために原料を運ぶ専用列車が走っていた。
国鉄民営化などの関係で、1986(昭和61)年(とみられる写真)で列車の輸送に幕を降ろしました。
※文末の「足立石灰工業」さんへのリンクを進み、インデックスの[地域情報]を進むと貴重な当時の写真を拝見することが出来ます。

探訪 2009.4.18

短いですが、赤線が側線跡です。
名称未設定

足立駅構内、架線柱を見ると幅広い敷地が判る。
IMG_3875.jpg

伯備線の線路はそのままトンネルへ向かっている。
IMG_3876.jpg

こちらには古いホームのようなものが。
IMG_3878.jpg

石の積み方や風化具合に古さを感じるが、当時からのものであるのか不明。
IMG_3879.jpg
端のアスファルトは同じ高さまでかさ上げされている。
IMG_3880.jpg

反対の現役ホーム。
大規模な石積みの擁壁に目を見張る。
IMG_3881.jpg

伯備線に並行して油野川橋梁が架かっていた。
IMG_3882.jpg
橋脚は撤去され、両端の橋台のみ確認できる。
IMG_3883.jpg
一部だが、石積みであったようだ。上部には枕木の束で柵がされている。
IMG_3884.jpg

橋台部分から振り返り。
かつてはここからも線路が幾重にも延びていたのだろう。
IMG_3885.jpg

橋を渡るとすぐに伯備線と分かれる。
川と高い法面に阻まれ、柵以外の様子をうかがい知る事は出来ない。
IMG_3888.jpg
IMG_3889.jpg

足立駅敷地は川岸を埋め、山を切り取り造成された。
石垣の延長は545m、高さ12mにもなる。
IMG_3887.jpg

IMG_3874.jpg


現在の足立駅は簡素な待合室だけがある、ひっそりとしたものになってしまった。
IMG_3886.jpg


参考
山陰の鉄道建設史
足立石灰工業株式会社様ホームページ

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徳佐川橋梁
JR山口線の新山口駅~津和野駅間を走行するSLやまぐち号の定番撮影地「徳佐~船平山」間のS字カーブには、日本で3箇所しか残っていない鋼ラチス桁の橋梁が架かっている。

探訪 2009.8.14

大正12年に開通したこの区間は戦時中の物資不足により鋼を格子状に組み合わせた桁を使用している。

場所山口県阿武郡阿東町

徳佐川橋梁を徳佐方向より

中央付近とそれ以外の両端では厚さが異なっている。(赤丸部分)
徳佐川橋梁を津和野方向より

SL重連運転期間中であるこの日も天気に恵まれ、沢山の撮影者が訪れていました。
SLやまぐち号





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