山陰~中国地方を中心とした廃道・廃線・近代土木遺産などを巡る事を目的としたブログです。
プロフィール

K

Author:K
旧道や古い道路構造物・廃線跡などの「古い美しさ」に惹かれます。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



リンク

このブログをリンクに追加する



ブログ内検索



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



RSSフィード



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

JR山陰本線 三保三隅駅~岡見駅間旧線(中国電力 三隅発電所専用側線)
JR山陰本線の車窓からは、どこまでも広がる日本海と山々が交互に流れ、時折集落を通り抜けるローカルな雰囲気が満点で『偉大なるローカル線』とも称されている。
突然、海岸線から離れてトンネルが連続する三保三隅駅~岡見駅間は中国電力三隅火力発電所の建設に伴い、1992年に経路変更が行われた。


2008年7月19日探訪
2008年9月14日再訪

三隅火力地図


山間の切り通しを過ぎるとすぐ、新旧の分岐部分が現れる。
新線は真っ直ぐ、道路を潜る非常に短い耳峠トンネルへ。
一方の旧線(赤点線)は、緩やかにカーブしながら海岸線に沿って進んでいた。(A地点)
a.jpg
耳峠トンネル銘板

耳峠トンネルを抜けるとすぐ、第一松原隧道が口を開けている。(B地点)
第一松原遂道坑口

当時からのものだろうか?
旧線の築堤下部には用水路のトンネル。(C地点)
『ないねん出版』さんのサイトで、1987年の「いそかぜ」。
A地点方向を向いて撮影されたと思います。(列車の後ろにガードレールが見える)http://nainen.jp/siryoukan/railway/jr_dcle/01jr_dcle.htm
用水路

かつて切り通しであった部分だが、一段上を通る道路と同じ高さまで土が盛られている。
藪の先にはこれから向かう地点が見える。(D地点)
切り通し部

D地点で行き止まりのあぜ道になっているが、砂利道になった以外は特に手も加えられておらずそのままなのが良い。
波除けの板は、DVD「埋もれた轍」でも登場する遺構。[1984-8](E地点)
e.jpg

谷積みの石垣も特徴的。
奥にはD地点の切り通し跡が見える。(F地点)
f.jpg
コンクリート法面には[1968-9]と刻印。
f2.jpg

踏み切り設備の跡が確認できる。(G地点)
踏み切り跡
字は消えてしまい読めなかったが、築堤脇にキロポストも現存していたのは思いがけない発見であった。
キロポスト

フェンスで閉ざされた先にはレールを撤去された橋梁。(H地点)
h.jpg
橋梁名称は不明だったが、新線が岡見川橋梁の名であるため同一名称と推測。
ガーダー
昭和44年に橋台が補修されたという事だろうか。
橋梁銘板

表通りから脇道を少し入ったところの旧線部分や発電所敷地内は多目的広場として整備され、一般に開放されていたのだが利用時間が決められており、初回訪問時は夕方遅い時間であったため施錠されておりとても悔しかった事を思い出した。
ちなみに、案内板下側がさっきまで居た方向。(I地点)
※最下部に追記あり
多目的広場案内図再訪
i5.jpg再訪
松原隧道入り口に看板が立ってますね。
松原遂道東側再訪
初回、フェンスの外から[1954-9]の刻印部分だけ撮影できた。
i.jpg
松原隧道東入口には当時の写真付きの説明看板が設置されている。
DF50型が牽引する客車と、キハ181系特急「おき」だ。
i3.jpg再訪

では入ってみよう!
隧道中央の北側一箇所に待避坑
松原遂道待避坑再訪
路面は舗装され、隧道内の状態も悪くはなさそう。
松原遂道内部再訪

形状にやや特徴ある坑門。
この先は施設内のためフェンスで阻まれており、遊歩道は90度進路を変える。
左下の看板は斜面の立ち入り禁止を促すもの。(J地点)
※最下部に追記あり
松原遂道西側再訪

付け替えられた新線はトンネルと高架橋の連続する高規格(K地点)
現在の付け替え線

続いては岡見駅側からアタック!
↓続きを読む
[READ MORE...]
スポンサーサイト




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。