山陰~中国地方を中心とした廃道・廃線・近代土木遺産などを巡る事を目的としたブログです。
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旧道や古い道路構造物・廃線跡などの「古い美しさ」に惹かれます。



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JR山陰本線 荒島駅~揖屋駅間旧線
今年2008年11月、開業100周年を迎えたJR山陰本線「安来~松江」間のちょうど中間辺りに位置する「荒島~揖屋」間は単線にも関わらず大断面のトンネルを潜っている。
「玉造温泉~来待」間同様、開業当時からのトンネルであるはずもなく、空中写真からも旧線の痕跡を見る事ができる。
恐らく、旧線の揖屋隧道(96.3m)では断面が狭いため、1982(昭和57)年の電化開業に併せて新線が設けられたのであろう。
しかし、揖屋第一・第二トンネルは複線サイズであるものの、当該区間は単線である。

以前はトンネル内を単線で通していたが、2001年の高速化事業の際に揖屋駅から揖屋第一・第二トンネル内にもレールが延長して敷設され、トンネルを抜けた東にポイントが設置されている。(トンネルを出たところに第二出発信号機設置)

2008.10.19探訪

揖屋

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揖屋駅跨線橋から。
荒島駅方面への線路は交わることなく揖屋第二トンネルへ延びている。(A地点)
IMG_3398.jpg

A地点から見える踏切脇から。
この先から旧線は、左へ緩やかにカーブしながら道路の右側を進んでいた。(B地点)
IMG_3399.jpg

道路は旧線当時から存在していたとみられ、道路横の駐車場左端の旧線跡延長はそのまま山の緑のちょっとした凹部を目指している。(C地点)
IMG_3400.jpg

橋梁の痕跡は残っていなかったが、民家への簡単な人道橋が架けられていた。
当時から現役であったのかもしれない国鉄型気動車「キハ47形」、現在でもこの塗色で現役である。(D地点)
この先に揖屋隧道が眠っているはずなのだが、民家の敷地内または畑が隣接し、路盤跡は草木で荒れ果て足下の状態も不明であり、進んでその姿を確認する事は出来なかった。
肉眼では延長方向に緑色に混じって灰色の何かが目に入ったが撮影した画像では確認出来なかった。・・・スチールのトタン板で塞がれているのかもしれない。
IMG_3401.jpg

荒島駅側の新旧分岐地点である平坂陸橋へ回ってみた。(E地点)
余談だが、2両編成対応用に運転台取付改造を施されたこの115系電車、コ■助みたいだ(^^;
IMG_3404.jpg
揖屋駅方向を望むと、築堤が部分的に残っている。
赤いラインで示した旧線は県道と併走している。(E地点)
IMG_3405.jpg

揖屋駅方向には小さな切り通しが残っているが、薮が深く足下も判然としないため県道を迂回。(F地点)
IMG_3406.jpg

迂回して切り通しを反対側から。
特に遺構が残っている様子はなかった。(G地点)
IMG_3407.jpg
揖屋駅方向を見ると、現在でも路盤跡を確認できたのだが、肝心の揖屋隧道は若干奥まったところにあるのだろう、この時期でも樹木に覆われ坑口すら確認することが出来なかった。(G地点)
IMG_3408.jpg

路盤跡からは新線の両トンネルが見える。
近くの山の斜面では農作業中の老夫婦がおり、行き止まりで誰も来ないような所に向かって歩いているのを怪しいと思われないよう、早々にこの場を跡にした。(H地点)
IMG_3409.jpg



「うさぴょんのマル鉄回顧録【鉄道のブログ】」様サイト
http://diary.jp.aol.com/jzbrjvmab/
【記事】
2008/5/21 6:58
キハ181系「おき」:総集編(その1)
【カテゴリ】
特急型気動車

にて、揖屋隧道で撮影されたキハ181系特急「おき」の貴重な画像を見つけました。
石積みの重厚なトンネル坑口は鳥取県の山陰本線では健在です。
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この記事に対するコメント

はじめまして!
「うさぴょんのマル鉄回顧録」の管理人『キハ181つばさ』と申します。
1年前の記事で申し訳ありませんが、つい先日、調べモノをしていて行き着きました。

私の拙いブログをご紹介していただきありがとうございました。
検索でタイトルを見て、思わず惹かれてしまって来たんです。そして、まさか私のブログが紹介されてとても嬉しかったです。
遥か30年前、現状を知ることも出来て大変良かったです。かつて徒歩で写真を撮っていた場所がこのように変貌してしまったのも驚きですが、時の流れを感じさせます。私がまだ高校生の時でしたからね。

そんな感慨もあって、今回改めて特集を組み、いつもの車輌・列車別ではなく、路線としての記事として作りました。K様のご期待に添えるものと自負してコメントを書かせていただきました。

URLを貼らせていただきましたので、是非お越しくださいませ。押し売りみたいで大変申し訳ありませんが、お待ちしております。
【2009/06/14 00:28】 URL | キハ181つばさ #- [ 編集]


私のブログ「道」にお越しいただきましてありがとうございます。

当該区間の取材を行い公開するにあたり、当時の様子も紹介できればと思い写真を探していたところ、こちらの揖屋隧道の写真を見つけてリンクさせていただきました。
また、今回は特集を組んでいただき、多くの貴重な写真を拝見できた事に感激いたしました。
非電化時代は私がまだ幼い頃でしたので今は無き旧客の記憶もほとんど無く現在では置き換えや廃止されてしまった列車ばかりで、当時の写真すべてが新鮮に感じました。

【2009/06/18 01:55】 URL | K #7LEJAFRk [ 編集]


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